遠州福田六社神社祭典
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昔の太田川はどこを流れていたのだろう? 
1600年代初頭までの太田川は西川とも呼ばれ、その曲がりくねった流路から幾度も水害を引き起こしており、慶長9年(1604)に郡代伊那備前守が治水目的の瀬替えを行ったそうです。
参考:福田町史資料編民俗P17

現在は「古川ふるかわ」という名で残っていると聞いたので、デジカメ持って川を探す旅に自転車で出かけました。先ず辿り着いたのが太田川にかかる和口橋。趣のある橋から北を望むと太田川(左)と逆川(右)の合流地点を見ることができます。両川にかかっているのが二瀬橋。とりあえず二瀬橋の西側たもとまで行ってみることにします。

あらかじめ地図で確認してきたのですが、二瀬橋西側たもとから南へ流れる水路を確認。これが古川~かつての太田川の名残りでしょうか? 左に見えるのが太田川堤防、水路から左が浅羽中村、右が新出です。

水路は鉄塔の右を中村/新出→和口/東新屋に向かって南に流れていきます。

水路をたどって南下してくると、南御厨地区で管理されている水辺の里があります。そこの看板を見ると「古川」の文字が!


カワバタモロコ保護公園のすぐ東を流れる古川。手前から左奥へ南に流れています。川から左が和口、右が東新屋です。

川に沿ってくると東新屋・造立神社のすぐ西側に古川の起点標識があります。手前から右奥へ西へ流れています。

さらに川沿いに西へ進む。蛭池「北連」屋台小屋北側の水神橋からの古川の流れです。左から右へ西へ流れていきます。川の奥が蛭池、手前が東新屋です。

大立野水神社の前を流れる古川。手前から左奥へ北西に流れていきます。川から左が西之島、右が大立野です。

御厨排水機場を古川橋から。西之島・東貝塚・西貝塚の境になり、ここから古川は向きを変えて南下します。

古川橋から南を望むとR258・新古川橋が少し見えます。川は手前から奥に南西へ流れています。川から左が西之島、右が西貝塚です。

古川橋の東側に歴史を語る看板が。ここにも伊那備前守の名前があります。

R258・新古川橋から南を望む。すぐ先で今之浦川と合流するので古川はそこまでです。手前から奥へ南西へ流れています。川から左が西之島、右が上南田です。

大原側へ渡って堤防から北を望むと今之浦川(左)と古川(右)の合流地点です。わかりにくいですが右手奥が先程のR258・新古川橋。足元の堤防は大原、合流地点は上南田、右岸が西之島になります。

合流地点のすぐ南で新しい橋の工事をしています。これができると便利になりますね。

ずっと南下してきて中島橋から見た合流地点・(左)と今之浦川(右)。ここから川の流れは東へ向きます。
もう古川ではないのですが、せっかくだから河口まで行ってみます。

水門までやってきました。右から左へ流れています。

やっとゴール!
河口堤防から北を見る川の合流地点・水門(左)と太田川(右)です。

遠州灘に注ぐ太田川。川を探す旅はこれでお終いです。ロマンはないけどなかなか体力の要る行程です
(^^ゞ

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