□東屋台と本町連 ホーム

福田で2番目に古い「本町連」屋台の変遷を写真で追ってみました。

【 昭和17年 】
福田区「東屋台」
戦時中の貴重な写真。提灯は日の丸。隣に西屋台もあります。
(写真協力=5番組・杉浦弘氏)

【 昭和24年頃 】
クリックすると大きくなります 普段は六社神社境内の小屋(屋台の後ろ)に解体格納されており、お祭りになると町の人たちの手で組み立てられたそうです。写真では境内に南向きで屋台が置かれていて、隣には「西屋台」が並んでいたそうです。

・屋根の提灯掛けが簡素、側面は可倒式
・注連縄の形がオーソドックス
・提灯に「屋臺係」の文字
・高欄支えは持ち送りで、斜めに出ている
・腰の虹梁に意匠が施されていない
・駒寄せが高めで、サラシなし
・車輪の構造は内側が円弧状である
(写真協力=5番組・杉浦弘氏)

【 昭和31年 】
昭和25年に福田区から払い下げられて12番組「本町連」屋台となり、6年後の昭和31年に掛塚中町の小池佐太郎棟梁により改修されました。これにより見慣れた「本町連」の形になりました。
撮影=昭和31年10月14日
場所=当時の農協(右後ろの建物と思われる)付近

・腰虹梁若葉彫刻 小池佐太郎
・持ち送り若葉彫刻 奥出康運
・屋根の提灯掛け、駒寄せ改修、漆塗装など
(写真協力=12番組・寺田さん)

【 昭和50年代前半頃 】
正面 後面
当時の木村工業北側(写真協力=南島・川島初雄さん)

【 昭和55年(1980)の祭典にて 】
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初めてカメラを買ってもらった年に旧福田小学校校舎の階段から撮影。

【 平成7年(1995)の祭典にて 】
クリックすると大きくなります 日曜日の昼間、六社神社奉納式典のために集合している時の写真です。

昭和31年から平成8年までの間は大きな修理は行われていないようですので、ほぼこの写真の状態で長く活躍してきたようです。
上の昭和50年代前半頃の写真と比べると、腰の持ち送りが漆塗装され正面の欄間に彫刻が入っています。

【 平成10年(1998) 】
屋台修復完成記念式典での写真です。
老朽化が進んだため浜松市名塚町の(有)小池工務店にて大幅な改修を行い、旧材を生かしつつも新築同様の屋台へと生まれ変わりました。

・土台・柱・屋根まわり・提灯掛けなどの交換
・腰の高欄支えを三ツ斗組に変更
・漆塗装(蒔絵・螺鈿)
・天幕新調〜京都・川島織物

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